『アシェンデン―英国秘密情報部員の手記』

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『人間の絆』と同様に、人間観察の鋭さは相変わらずであり、読者を飽きさせないストーリー展開もさすがである。モームの手にかかると、諜報活動にかかわる人間たちも所詮は単なる小説の材料でしかないということだろうか。Double Cross: The True Story of the D-Day Spiesなどでもそうだが、諜報活動に携わる人間のすべてが専門教育を受けているわけではない。感心するのは、中には社会のお荷物としか思われない人間たちを諜報員として登用し、叱咤激励し、時には脅しながら操る、英国支配層の管理者としての才覚だろう。


印象に残った個所はいろいろあるが、一つ上げるとすれば「売国奴」のラストシーンだ。飼い主のいなくなった犬の悲しみを帯びた遠吠えと、それを聞いてすべてを悟り、一人静かに町の中に消えていく女。牧歌的な描写が後ろへ退き、暗く冷たい諜報世界の闇が顔をのぞかせる瞬間だ。