『北方領土交渉秘録―失われた五度の機会』東郷和彦(新潮文庫)

参院選が終了した今、なぜかこの本のことが気になり、再度目を通してみた。

著者によれば、過去、日本とロシアとの間で、北方領土を解決するための窓は、五度開かれていたのであり、2006年以降を含めると、その数は合計六度になる。しかし、そのいずれもが様々な理由によって閉じてしまったと著者は言う。

本書は、著者が外務省に入省し、2002年に外務省を退官するまでに、いわばライフワークとして関わった北方領土交渉の内側について詳細に述べている。


北方領土交渉秘録―失われた五度の機会 (新潮文庫)
東郷 和彦
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解説者の佐藤優氏によれば、例えば1992年にロシア側から日本側に対し、秘密裏にある提案がなされ、本書では「その大枠が提示された」としながらも、「本書で東郷氏は九二年秘密提案の内容については明らかにしていない。...読者にフラストレーションを与えるので、書き手としては損をする手法だが、東郷氏としては、問題の重要性を指摘しつつも、外交秘密については秘匿するという決断をしたのだろう。」とフォローしている。

東郷氏の想いは以下の文面に凝縮されている。「当時の日本側当事者の主観的意図がなんであれ、結果的に日本側は、領土問題が国内政治に比べて二義的な意味しか持たない問題であるという対応をとった。こうした日本側の対応はロシア側にとっては決定的な意味を持った。二〇〇二年の春まで残っていたロシア側の期待感は、これで完全に打ち砕かれたのだと思う」。

読み方はいろいろあるだろう。一つは、書かれた内容を基にそれが事実に即した内容であるか否か、分析が正しいかどうかを判断するやり方である。もう一つ は、何が書かれていないかという観点から読む方法である。さらには、一人の優れた日本人外交官が最後には国家権力によって退場させられる物語として読むこ とも可能だろう。

しかし、最も重要なのは、「国民」にとって外交とは何かという問題である。これは、外交や安全保障について落ち着いて議論することが極めて困難なこの国で、国民から一定の支持を得ながら外交交渉を行うにはどうすればよいかということでもある。佐藤氏は、「これからの対ロシア領土交渉は、国民に外交秘密に触れないぎりぎりのところまで説明して、公共圏での議論を経て、理解を得たうえで展開すべきなのである」という。今回の参院選の投票行動を見る限り、まだまだ長い道のりを経なければならないような気がする。